上は、北陸地方で最も古い鉄道駅舎 近代歴史遺産「戸出駅」
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「戸出の高野槇」 ~ 戸出野ふるさと通信(第16号) ~
―――――――――――――――――― 2006/12/06発行(第16号) ―
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 秋篠宮悠仁親王殿下のお印としても知られるようになった高野槇(コウヤマキ)。
富山県内で最も古い高野槇の木が
戸出町中心市街地でその葉を茂らせていることをご存知でしょうか。

 今回は、推定樹齢370年の「戸出の高野槇」を取材させていただいた際のお話です。

戸出の高野槇
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 この戸出の高野槇は、1617年(元和3年)に戸出町を開いた川合又右衛門の子、
2代目川合又右衛門が、初代加賀藩主前田利家(1599年没)を弔うために
高野山に参拝した際に戸出に持ち帰ったものだといわれています。

 高野槇は川合家が管理する御旅屋の庭に植えられ、以来およそ370年もの間、
町の中心から戸出の変遷をずっと静かに見守り続けてきたことになります。

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 現在の高野槇の所有者は電気店を営む中野さん。中野さんが約50年前に
家を購入されたときに「御旅屋門」と「高野槇」が一緒についてきたのだ
そうです。( 加賀藩が作った門と、樹齢300年以上の老木が付いた住宅を購
入されるかたなんて滅多にいらっしゃいませんよね・・・。 )

 その後、御旅屋門は人力で2晩をかけて現在の場所(永安寺)へ移された
のだそうです。

 また、中野さん宅には御旅屋時代から古井戸が枯れずに残っています。
中野さんはこの井戸水を飲料水として利用されていっしゃるとのことで、
とても大正14年生まれの81歳とは思えないほどお元気なかたでした。
前田家のお殿様も鷹狩りの際には飲んだであろう水を飲まれているのが
ご健康の秘密なのかもしれません。

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 戸出の高野槇は、私有地内にあるためいつでも自由に見学することが
できるわけではありません。

 機会があれば、ぜひこの高野槇の「気」を感じ取ってみてください。

 穏やかな気持ちでこの高野槇と接すると、前田利家公、開町の祖・川合
又右衛門と2代目又右衛門さん、そして戸出の400年の歴史を支えてきた
多くの人々の心が伝わってくる気がします。きっと、あなたも家内安全・
商売繁盛のご利益を授かることができるでしょう。

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~~ マメ知識 ~~

 「御旅屋(おたや)」とは、加賀藩主のタカ狩りや領内巡視のときの宿
舎や休憩所のことを指します。(「御旅屋」と加賀藩での呼び方で、他の
地方では「御茶屋(おちゃや)」と呼ばれることが多いそうです。)

 戸出の御旅屋は、加賀藩によって1642年(寛永19年)に建てられ、
当初は川合家がこの御旅屋の管理を命じられていたとのこと。

 現在、富山県及び石川県内に御旅屋関連建造物として残っているものは
戸出町の「御旅屋門」のみとなっています。

 いつの日か、戸出に「加賀藩の御旅屋」を復元させてみたいものです。
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by toidemachi | 2006-12-06 23:00 | 戸出野ふるさと通信
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